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トライバルを彫りたいという方から日本でもよく聞かれたんだけど、”この模様はどんな意味がありますか?”と。
僕は今でも同じ質問をされています、土地が変わっても。そして答えは何時も同じです:意味は後から付いてくるから気にするなと。
一瞬皆さん混乱した表情をされます。それは当然。意味のない物?又は意味を解らない人に彫られている?等と色々と不安が過ります。

その後説明するのが決まってこれです:
例えば胸から腕にかけて大きなトライバルを彫りました。確かに太平洋諸島の文様にインスパイアされた物である。しかし、よく考えるとお客さん自身がその島々の出身ではない限り、その文様の意味合いはあまり都会の中での生活には直接影響があるわけではない。
太平洋諸島の柄はその土地に合った又は纏わる物から来ているのである。

現代社会では一つの文化や風習が閉ざされてそのまま真空された状態で生き延びているという事はほぼありえないと思う。
インターネットから始まり、その他のメディアは必ず現地住民の生活と普通に共存している。
そのため現地では逆に”トラディッショナル”(伝統的)スタイルは(タトゥーのみならず)何処か古臭い、ダサイ物として若い世代から見られている志向もある。

近年はそれをもう一度見直そう、救おうとしているムーブメントも確かに存在する。
踊り、スポーツ、服装、言葉。その延長でタトゥーも含まれる。
日本で一つの例を挙げたら、沖縄の文化である。
観光ブームはテレビ、音楽からきっかけが始まりその後グルメからエコな服装、長老の元気秘訣の食べ物、ロハスな生活スタイル。
今は当たり前となっている。居酒屋でもお酒やカクテルが並んでいるのも珍しくはない。

だが、ブーム数年前までは沖縄出身者はあまりいい目で見られていなかった。
独特な文化のせいか、過去の歴史のせいか、差別的な扱いをされていたのは確かである。
いつの日から沖縄の以前見下されていた風習が今度はブームになり、誰しもそれを生活の一部に取り入れている。

話をタトゥーに戻すと、トライバルと呼ばれるパターン(文様)はかつては”野蛮人”が施すものとされていた。
それは島々に渡ったキリスト教宣教者から始まり、西洋文化(近代文化)に”遅れ”を取っていると見られていたため、徐々に現地住民もそれを”恥ずかしい”物としてとらえ始め、踊りや服装、そしてタトゥーに至るまで生活から消えたのではなく”置き換えられて”いった。

沖縄にも独特のタトゥー文化がかつて存在していた。それがハジチだ。
成女儀礼の意味合いを持った手の甲や指に文様を彫り込むという物だ。
明治時代に禁止され、ハジチ自体は消えてしまった。だが、現地の方から聞いた話だとお年寄りの女性の中には指輪を手に一杯はめてそれをハジチ代わりにしている方もおられるらしい。
要するに一つの風習を新たな風習に”置き換えた”例だと思う。

トライバルと呼ばれる現代のタトゥースタイルの一つが正しくそれではないかと勝手に思う。
確かにトラディッショナルをベースにしてはいるんだが、それはまたある意味”別物”として進化した柄であったり、新たな風習の始まりでもある。

それが”本物”かどうかという議論はナンセンスである。

いくら太平洋諸島に渡って、そこの彫師に彫ってもらったから”本番”の物とはいいがたい。
要するに、その彫師を含め現地住民は皆現代人としての生活は我々が大都会で送っているのと何の変わりが無い訳であるから。
日本人が丁髷(ちょんまげ)をしていないのと同様である。

かつて存在した文化の憧れや懐かしみは喜ばしい事ではあるが、今我々の現実世界にタトゥーがどんな役割を持って、そしてどんな姿で人間の核心的な精神を表わすものとして、表現者として考えた方が理にかなっていると思う。

そしていずれ胸から腕へかけて彫った大きなトライバルはその人自身を意味する物になる。
”〇〇さん知っている?”と知人に聞かれたら、”ああ~あの大きなトライバルを彫っている人でしょう”という代名詞が自然の答えになれば、それがタトゥーの意味である。

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